前回「間伐のすすめ」では、肩に力が入って書いたため、その後がなかなか続かず、今になってしまったので今回は、少し軽い話をと思います。
表題にあるように、秋の味覚、「松茸」一昨日(11/8日曜日)採った我が家の山ではおそらく今年最後であろう1本です。
本当は、いつもブログのネタ集めに苦労している組合ホームページ担当のT君にネタを提供しようと思って撮影したのですが、自分のコーナーがほったらかしであったことを思い出し途中からそのつもりで写真を撮り始めました。
我が家では、長らく私の母が、松茸山を知り尽くしていて松茸採りの中心でした。以前は、とてもよく生える山で、私が子供の頃には、母について何kgもの松茸をかごに入れて、ふうふういいながら帰ってきたこともあった位です。
私も15年前にUターンしてから秋には、連日母について松茸山に行き「ねや(松茸の生える場所)」を教えてもらいました。この「ねや」を覚えないとほとんど松茸は、取れません。踏んで通っても気づかないくらいです。
母と私で「ねや」に名前を付けています。昔47本松茸が並んでいたことがあったと言う「四十七士の谷」、よく自分が休憩してミカンを食べた周囲「ミカンの岡」、姉婿(松田さん)を連れて行ったときにまとまって生えていた「松田ヶ原」等々。
その母も、7,8年位前から足が弱り今我が家では、以前の様に連日行くわけには行きませんが、私一人が松茸採りに出かけています。
採ってきた松茸を見せながら、「あんたこれはどこで採ったんな。」「これは、何処どこのねやで採った。」というふうに会話も弾みます。
ところが、最近は年々「ねや」が減ってきています。「いつも採れるところやのにおかしいな。」と思って、普段下ばかりを見ている目を上に向けてみると、周囲2,3本の松が枯れていると言う様なことがよくあります。枯れてから何年かすると台風などで折れたり倒れたりして、周りの景色も変わってしまいます。
本当は、松枯れで枯れた木は山から持ち出して処分して、また雑木の少ない純松山に近い状態にしてやる方がいいらしいのですが、費用もかかることでもあり、なかなかそんな風には出来ません。
「もう一度だけでもいいから行ってみたい。」とよく言っている母も、今の山では、景色が変わってしまっていて「ねや」がわからないかもしれません。 でも、5,6年前に枯れた松に近くに植えた松枯れの耐性松の苗が、一部育っているのと、所々にある実生えの松の小苗が大きくなる様に周りを刈り払ってやったりして、松茸好きの息子に、将来「ねや」を引き継げることを祈っています。 皆さん気になっていると思います最初の写真の松茸は、両親の初物としてすき焼きになりました。ちゃっかり息子も加わって。
平成21年11月
龍神村森林組合 代表理事専務 眞砂佳明
バックナンバー
Page Top